余計な経験が偏見をもたらす

偏見。
それは、生きている以上どうしても持ってしまうもの。

そんな偏見を少しでもなくして生きていきたい、と私は思います。

ここで様々な発信をしていますが、私自身、「皆さんからの気持ちは聴けていないな」と日々思うのです。

「自分の言いたいことがあったら、それを一方的に主張していてはいけない。相手の気持ち、意見にも耳を傾けないと。お互いが半歩ずつ譲って、真ん中に答えがあるねん。」
こう教えてくれたのは、訪問看護に来てくれている看護師さんです。

両方向の意見交換(キャッチボール)がどこまでできるか分かりませんが、私からボールを投げてさせてもらいます。

前の記事発病、入退院、そしてリハビリを…で少し述べましたが、精神科病棟の入院中のツラい過去が怖いです。
患者を一人の人間として見てくれない医療従事者。
「患者にはなるべく威圧感を与えるように!患者が不安定になったら、事が大きくなる前に拘束せよ!」
私もその余計な経験が、偏見をもたらしてしまっています。
「医療に関わる人って怖い」って。
「入院して、治療して、傷が増えるってどうなん?」とか。

でも、そんな人たちばかりではなかったのは、事実なんです。
不安になって思わずナースコールを押してしまったとき、「どうしたん?何が嫌やった?」と、ちゃんとこちらの気持ちを聴こうとしてくれた看護師さん。
「頭痛で苦しくて頭を冷やすものを貸してください」とお願いに行ったら、「本当は熱のある人にしか貸したらアカンのやけど、しんどそうやから1時間だけ貸すよ」と言ってこっそり氷枕を貸してくれた看護師さん。
ちゃんと、一人の人として接してくれました。

言いたいのは、「精神障害のある人に偏見持ってませんか?」です。
精神障害のある人が事件を起こして、「○○容疑者には精神障害がありました」などとニュースなどで取り上げられると、精神障害者全員が凶悪な事件を起こすというイメージ(偏見)。
余計な経験が偏見をもたらすのです。

“心の病”とかいうと、なんとなく敷居が低くなる気がしますが、“精神障害”ですから!
その精神障害をもつ患者は、けっこう高い確率でいます。
そんなの本当に精神障害者全員が凶悪な事件を起こしていたら、警察官が何人いても足りません。

今の日本の社会では、障害者自身がこういうことを世の中に叫んでも、多くの人は“キチガイの戯言”としか思われないんだろうな。(“キチガイ”といった表現をして申し訳ありません。)
精神科デイケアに通っていたときも、私がアイデアを出すとスタッフは決まって機嫌が悪くなりました。
「生意気」といった扱いを受けました。
だから、私はそこのデイケアをやめました。
キチガイが自分(スタッフ)よりいいアイデアを出すと腹が立つんだろうなあ。
だから、小さくなって生きるしかないのかなあ。
それが、社会が暗黙で決めたルール。

正直、そう思ってました。
でも、私はそれで諦めたくありません。
ちゃんと病気をコントロールして、生活しているのです。

病気の人やその家族の人、医療や福祉に携わっている人、どのように考えますか?
良かったら、気持ちを聴かせてください。

最後になりましたが、人間は偏見の塊だと思っています。
だから、この記事の中でも私自身偏見は多々あると思います。
偏見を少しでもなくして(半歩譲って)、みんなが笑顔で過ごせるよう、努力していきたいと思います。
ちょっと刺激が強すぎたかな。

私が投げたボールでした。