発病、入退院、そしてリハビリを…

過去に書いたblog
これからの時代は、ズバリこれ!

これからの時代はズバリこれ!再び
で、マインドフルネスについてお話しました。

私は、出来るだけ朝10分間、このマインドフルネス(瞑想)をやっています。
スマホのアプリを使っています。

いつもできるとは、限りません。
なんだかソワソワして、じっとしていられなくて1~2分でやめてしまうこともあります。
瞑想の存在すら忘れている日もあります。

どのような瞑想を行うかは人によって違うと思いますが、私は呼吸を意識した瞑想を行っています。

今朝もいつもと同じように瞑想していました。
人間の脳は一つのことに集中するのが苦手で、呼吸を意識していてもあれこれ雑念が浮かんできます。
「良いお天気だから、お洗濯いっぱいするぞ」
「今日は、作曲したいな」
「寺社巡りとか、良さげな季節になってきたなあ」
など。
キリがありません。

今朝の瞑想はとんでもないものでした。
最初は普通に雑念が浮かんできて、その度に「そのことが気になるんだね。でも今はマインドフルネスの時間だよ。あとで考えようや~」と注意を呼吸に持って行けていたのですが、えげつないくらいの雑念が!
それは、一昨年から昨年にかけて入院した病院で出会った看護師さんたちのことでした。

怖い顔で睨みつけて話をする看護師さん。
ちょっとでも私が不安定になると、「先生呼んでそれなりの対処(つまり保護室行き。どうかしたら拘束)してもらわなあかんな!」と大きな声で怒鳴ってくる看護師さん。

ああ、今こうしていても思い出して怖くなります。
「てげてげ」コーナーでも述べましたが、“入院”そのものがトラウマ的になってしまうのです。
患者にとって辛い治療は、今後、「辛かった過去」となってちっとも元気になれないのです。

入院だけではありません。
退院後のリハビリにも言えると思います。

「元気になりたい」「以前のように動けるようになりたい」
怪我をした人、病気になった人は、少なからずこういう願望があると思います。
それをお手伝いしてくれる方々が一生懸命してくれるのはありがたいのですが、「ペースはこちらに任せてほしいねんなぁ…」と思うこともあります。

リハビリをすごく頑張りたいときに「がんばれ!がんばれ!」という応援。ありがたいです。
リハビリを頑張りすぎているときに「ちょっと休んだ方がいいよ」というブレイクタイムをすすめてくれること。ありがたいです。
でも、
やっとここまでこれたけど長かったなあ、でもまだまだや、と思っているときに「はい!次はこれ!さっきのが出来たからこれも出来るから!ほら、やろう!」という言葉。ありがたいですが、辛いです。
正直、辛いです。

今の段階までこれた、というのには、本人以外には分からないほど体も心も疲れ果てている時があります。
「すごく頑張ってようやくここまで来た。でも少し休みたい。もう少しこの状態のまま過ごしていたい。」
そう思うときもあるのです。
決して怠けているんじゃないんです。
疲れているのです。
充電が完了したら、きっと自分から次のステップへ進もうと思えます。
でも、その気持ちを無視されたら「リハビリなんか嫌だ」と本当に投げ出してしまうかもしれません。

「次に進みたい!」と思ったときに「じゃあやってみようか?こんな方法で。」と提案してくれたり、「あんなこと(レベルの高すぎること)をやりたい!」と思ったときに「じゃあ、少し遠回りになるかもしれないけど、このレベルから始めてみようか?」などと勧めてくれたら、きっとその人らしさを自ら見つけて生きていけるのではないかなと思います。

精神障害を患った者の素朴な意見なのかもしれませんが、当事者だから分かることかもしれません。